自転車は私のタイムマシーン(1)
私は八代正と言います。今日まで素敵な自転車と共に暮らしています。そんな私のこれまでを紹介させていただきます。私と自転車の関係はこんなことから始まりました。

「お母さん、大変! 正が動かないよ。」
姉がドタドタと階段を走り降りる騒音を微かに覚えています。それまで真っ黒に日焼けし、特に水泳が好きで「オリンピックに出るぞー」といつも叫んでいた正が急に動かなくなってしまいました。それは小学4年の夏休みの時でした。
「リンパ急性○○脳髄炎ですね。」
病院でそんな病名を聞かされました。母は「何でそんな病気に・・・正は完治して普通に生活できるのですか」と医者に聞いたそうです。「解りませんが努力しましょう。」と、それは冷たい勧告だったそうです。
その日から学校に行くことはできませんでした。体が思い通りに動かない、何度も意識が薄らぐ日々を過ごし二ヶ月後、自宅での養生にかわりました。しばらくしてやっとのことで時々学校へ行けるようになりましたが、完全なる落ちこぼれで、九九もローマ字もちんぷんかんぷん。そして休みがちな私はベッドで卒業証書を受け取りました。「卒業ってこんなもんか・・・」これが少年正の初めての卒業でした。
中学校の入学式も出席できませんでした。遅れてクラスに編入させていただきました。もちろん運動のできない私は青白く自信のかけらも無い少年でしたから、その日からいじめの対象となったことは言うまでもありません。
病気が再発したのが1ヶ月後の5月前半でした。またもや数週間学校を休む事になりました。私に取って大変なのは病気の再発よりも落ちこぼれによるいじめでした。特に英語の授業は悲惨でアルファベットも解らない私は、英語はまるで宇宙人の呪文のように聞こえ、いつもたじたじ怯えていました。
そんな寂しくて怯えた中学生活が始まって一学期が終わろうとしているある日、突然職員室に来るようにと指示されました。
「八代、どうだ、少しは体調良くなったか、君は特別に自転車通学を許可するから明日からそうしてはどうだ」と生活指導の先生に進められました。
ここから私と自転車の関係が始まったのです。


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